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藤沢薬品工業 |
医薬品メーカー大手、抗生物質が主力、免疫抑制剤プログラフで世界展開。欧米に自社の販売網持つ。 |
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年月 |
沿革 |
明治27年1月 | 藤澤友吉が大阪市に藤澤商店を創業。 |
昭和5年5月 | 現大阪工場を建設し、新薬メーカーとして本格的生産体制を確立。 |
昭和5年12月 | 株式会社組織に改組、商号を株式会社藤沢友吉商店とする。(資本金315万円) |
昭和18年8月 | 現商号の藤沢薬品工業株式会社に改称。 |
昭和24年5月 | 東京・大阪両証券取引所に株式を上場。(昭和36年4月名古屋証券取引所に上場。) |
昭和31年10月 | 三洋化学株式会社を吸収合併。名古屋工場発足。 |
昭和37年11月 | 台北市に台湾藤沢薬品工業股![]() |
昭和39年4月 | 大阪工場敷地内に中央研究所を新築。 |
昭和41年4月 | 静岡県富士市に富士工場を新設。 |
昭和48年4月 | 研究開発センター完成。研究開発部門の統合と研究能力の増強をはかる。 |
昭和50年4月 | アストラ社(スウェーデン)と合弁で藤沢アストラ株式会社(現アストラゼネカ株式会社)を設立。(平成11年10月当社保有株式全てをアストラゼネカグループに売却し、合弁関係を解消。) |
昭和50年11月 | 富山県高岡市に高岡工場を新設。 |
昭和54年12月 | ロンドン事務所を開設。(平成12年6月フジサワゲーエムベーハーに機能を移管し閉鎖。) |
昭和55年10月 | ファイソンズ社(イギリス)と合弁で藤沢ファイソンズ株式会社を設立。(平成13年2月当社グループが保有する藤沢ファイソンズ株式全てを藤沢ファイソンズに売却し、合弁関係を解消。) |
昭和56年8月 | 米国にスミスクライン社と合弁でフジサワスミスクラインコーポレーションを設立。(昭和62年12月全額出資子会社に出資比率変更。平成元年12月フジサワファーマシューティカルカンパニーに社名変更。) |
昭和57年6月 | セシフ社(フランス)と合弁で藤沢デラグランジェ株式会社(現藤沢サノフィ・サンテラボ株式会社)を設立。 |
昭和58年3月 | 筑波研究所竣工。 |
昭和58年3月 | クリンゲファルマゲーエムベーハー(ドイツ)に資本参加。 |
昭和59年3月 | 台北市に台藤股![]() |
昭和60年1月 | 米国に当社全額出資のPMPファーメンテーションプロダクツインコーポレイティドを設立。 |
昭和60年1月 | ライフォメッドインコーポレイティド(米国)に資本参加。(平成元年10月友好的な買収に成功。) |
昭和60年10月 | 欧州における開発拠点、クリニカルリサーチセンターをロンドンに開設。 |
昭和62年3月 | アムステルダム市にフジサワオランダビーヴィを設立。 |
昭和63年10月 | 東京本社発足、大阪本社とともに2本社制施行。 |
平成元年9月 | 韓国に合弁会社韓国フジサワ薬品株式会社を設立。(平成10年3月全額出資子会社に出資比率変更。) |
平成元年11月 | 米国に持株会社フジサワユーエスエーインコーポレイティドを設立。(平成2年4月フジサワホールディングカンパニーに社名変更。) |
平成2年4月 | フジサワファーマシューティカルカンパニーとライフォメッドインコーポレイティドを合併しフジサワユーエスエーインクを設立。 |
平成2年9月 | フジサワアイルランドリミテッドを設立。 |
平成3年10月 | ドイツにフジサワヨーロッパゲーエムベーハーを設立。 |
平成3年11月 | ドイツにフジサワゲーエムベーハーを設立。 |
平成4年1月 | 富山工場竣工。 |
平成6年1月 | 創業100周年。 |
平成6年7月 | 台湾の2社(台湾藤沢薬品工業股![]() ![]() ![]() |
平成7年10月 | 香港に香港藤沢薬品有限公司を設立。 |
平成8年9月 | 米国にフジサワリサーチインスティチュートオブアメリカインクを設立。 |
平成10年3月 | 米国事業の再編成を決定。 |
平成10年4月 | 米国にフジサワヘルスケアインクを設立。 |
平成10年6月 | フジサワユーエスエーインクのジェネリック事業・新薬事業を各々売却し、新薬事業はフジサワヘルスケアインクが取得。 |
平成10年12月 | フジサワユーエスエーインク及びフジサワホールディングカンパニーを清算。 |
平成11年9月 | 米国にフジサワインベストメンツフォーアントレプレナーシップ,L.P.を設立。 |