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川崎汽船

川崎系、海運大手3社の一角。


 
年月
沿革
大正8年4月 川崎造船所(現 川崎重工業)のストック・ボート11隻の現物出資により、資本金2,000万円として当社川崎汽船設立。本社を神戸市中央区海岸通8番に置く。
大正10年5月 当社と川崎造船所、國際汽船鰍ェ提携し、3社のイニシャルをとってKラインを結成。
昭和2年8月 國際汽船蒲」脱により、当社のKライン単独運航となる。
昭和9年9月 大東運輸(現潟_イトーコーポレーション)が資本金23万5,000円をもって創立。当社の京浜間における総合代理店として発足、これに付帯する港湾運送業者となる。
昭和11年11月 東京および横浜両支店を開設。
昭和17年4月 国家管理のもと特殊法人「船舶運営会」が設立され、当社は徴用された船舶の運航実務者に指定される。
昭和19年6月 大阪支店開設。
昭和25年1月 各証券取引所(東京、大阪、名古屋他)に株式を上場。
昭和25年4月 船舶運営会廃止。海運の民営還元実施され、民営後の外航第一船がバンコック向に出航。
昭和26年3月 名古屋支店開設。
昭和27年3月 福岡証券取引所に株式を上場。
昭和29年2月 興国汽船鰍吸収合併。
昭和30年12月 東京支店を東京支社に昇格。
昭和35年10月 川崎航空サービス鰍ェ、飯野海運轄q空代理部より飯野航空サービス鰍ニして発足、設立。
昭和39年4月 「海運業の再建整備に関する臨時措置法」に基づき、飯野汽船鰍吸収合併。神戸支店開設。
昭和39年8月 川崎汽船外航定期貨物鰍設立し、外航定期船航路輸出入貨物の集荷およびこれに関連する業務を同社に移管。当社は横浜、名古屋、大阪、神戸各支店を廃止、川崎汽船外航定期貨物鰍ェこれら支店を継承。
昭和41年5月 内航部門を分離し、川崎近海汽船鰍設立。
昭和43年11月 自動車専用船第一とよた丸竣工により、本格的な自動車輸送を開始する。
昭和44年10月 飯野航空サービス鰍ェ、当社並びに川崎重工業梶A川崎製鉄鰍フ資本参加を得て、現在の川崎航空サービス鰍ノ社名変更。
昭和46年6月 東京支社を東京本部に改称。
昭和52年11月 昭和39年8月に川崎汽船外航定期貨物鰍ノ移管した定期船航路集荷部門およびこれに関連する業務を再吸収するとともに、東京、横浜、名古屋、大阪、神戸各支店を開設。同社は、外国船社代理店業務を取り扱う会社となり、商号を潟Pイライン エージェンシーと改称。
昭和57年1月 本社の機能のうち、商法上の本店機能のみを神戸市中央区海岸通8番に残し本店とし、主たる事業所としての機能を東京本部に移し、同本部を本社と改称し東京都千代田区内幸町2丁目1番1号に置く。
昭和58年6月 本社および東京支店を東京都港区西新橋1丁目2番9号に移転。
昭和58年8月 邦船初の液化天然ガス(LNG)運搬船尾州丸竣工により、液化天然ガス(LNG)輸送が開始(インドネシア/日本)される。
昭和61年7月 東京支店を廃止し、その業務を本社組織に吸収。
平成4年4月 川崎近海汽船鰍ェ、シルバーフェリー鰍吸収合併、北海道支店、八戸支店および苫小牧支店を設置。
平成7年3月 川崎近海汽船鰍ェ、東京証券取引所市場第二部に株式を上場。
平成8年4月 横浜支店を横浜事務所に改組。
平成9年2月 欧州/北米東岸コンテナサービス開始。
平成12年4月 極東/北米東岸コンテナサービス、極東/西地中海コンテナサービス、および西地中海/北米東岸コンテナサービス開始。
平成12年6月 横浜事務所を閉鎖。
平成12年7月 太洋海運鰍ェ神戸日本汽船鰍吸収合併。太洋日本汽船鰍ニなる。
平成13年3月 新コンテナ船サービス南西アジア/欧州航路開始。
平成13年6月 北アジア/インド・スリランカ直行コンテナサービス開設。
川崎近海汽船鰍ェ、常陸那珂事務所開設。
平成13年9月 川崎汽船梶E陽明海運・COSCON・韓進海運・セネターライン提携に関する覚書調印。
平成13年10月 潟Pイロジスティックス設立。
平成14年1月 潟Pイライン システムズ設立。
シンガポール海運子会社(“K”LINE PTE LTD) コンテナ船事業の自営開始。
平成14年2月 ISO14001環境マネジメントシステム認証取得。


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