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ピー・エス三菱 |
三菱マテリアル系、プレストレストコンクリートメーカー大手、橋りょうなどの土木工事に強み、2002年10月に三菱建設合併し建築併営、存続会社はピー・エス、三菱建設は解散、合併後の新社名は「ピーエス三菱」。 |
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沿革
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昭和27年(1952年) | わが国で初めてプレストレスト・コンクリートを企業化するために資本金5千万円にて会社設立 七尾工場開設(日本初のPC工場) 資本金を1億円に増資 小田原工場開設 フレシネー定着工法を導入 |
昭和28年(1953年) | 建設省・運輸省補助金によるPCの研究開始 本格的ポストテンション工事に進出 資本金を2億円に増資 |
昭和29年(1954年) | 大阪支店及び伊丹・水島両工場開設 |
昭和30年(1955年) | 九州支店開設 |
昭和32年(1957年) | 東北支店、名古屋支店および札幌支店開設 |
昭和33年(1958年) | 北上および神町両工場開設 |
昭和34年(1959年) | 滋賀工場開設 |
昭和35年(1960年) | 広島支店および東京支店開設 |
昭和36年(1961年) | 資本金を4億2千万円に増資 |
昭和37年(1962年) | 株式を東京証券取引所第二部に上場公開 |
昭和39年(1964年) | 北陸支店開設 |
昭和43年(1968年) | 技術電算プログラムの開発に取り組む |
昭和44年(1969年) | SEEE定着工法を導入 久留米工場開設 |
昭和45年(1970年) | ディビダーク施工工法を導入 |
昭和46年(1971年) | PC舗装を中心とした道路事業に本格的進出 |
昭和47年(1972年) | 資本金を7億円に増資 |
昭和48年(1973年) | PS式橋脚梁回転工法を開発 ブラジル・シセンブラ社とPCマクラギに関する技術援助協定締結・PCマクラギの初輸出 |
昭和50年(1975年) | 海外事業に本格的進出 VSL定着工法を導入 |
昭和51年(1976年) | レオンハルト押し出し施工工法およびフロンテジャッキング施工工法を導入 |
昭和52年(1977年) | 上路式PC吊橋を開発 |
昭和53年(1978年) | 資本金を10億円に増資 |
昭和54年(1979年) | 米国プレシジョン・サーヴェイランス社と原子力発電所用PC格納容器製造に関する技術援助契約締結 資本金を11億円に増資 |
昭和55年(1980年) | プレビーム施工工法を導入 (株)秦野製作所設立 |
昭和56年(1981年) | 銭函および六日町両工場開設 |
昭和58年(1983年) | PCシェルターを開発 |
昭和59年(1984年) | (株)大菱設立 |
昭和60年(1985年) | 原子力関連事業に本格的進出 CS版(建築床材)を開発 |
昭和62年(1987年) | 合成アーチ巻立工法(CLCA工法)を開発 |
昭和63年(1988年) | 大宮技術研究所を設置 |
平成元年(1989年) | リフトアップ工法を開発 ジャカルタ事務所を設置 インドネシアに合弁会社設立 仏国カンプノン・ベルナール社と低温液化ガス貯槽に関する技術援助協定を締結 |
平成3年(1991年) | 社名をピー・エス・コンクリート(株)から(株)ピー・エスに変更 (株)ニューテック設立 |
平成6年(1994年) | 資本金を42億1,850万円に増資 |
平成7年(1995年) | 株式分割(1:1.1)により発行済株式総数は2,783万株 兵庫工場開設 |
平成8年(1996年) | 宮崎および茨城両工場開設 東京証券取引所第一部に上場 (株)茨城ピー・エス設立 |
平成9年(1997年) | ISO9002認証取得(本社を頂点とする東京支店・大阪支店管内の事業所で「コンクリート二次製品の製造、検査及び据付け」が対象) |
平成10年(1998年) | ISO9001へ移行 |
平成11年(1999年) | (株)ピーエス機工設立 |
平成14年(2002年) | 株式会社ピー・エスと三菱建設株式会社合併、 株式会社ピーエス三菱発足 |