×

[PR]この広告は3ヶ月以上更新がないため表示されています。
ホームページを更新後24時間以内に表示されなくなります。

← トップページに戻る
 
小野薬品工業

製薬会社準大手、医家向け専業、自社品比率高く高収益体質。


 
年月
沿革
享保2年 初代小野市兵衛が道修町の現在地において、伏見屋市兵衛の屋号のもとに薬種仲買人として創業。
大正7年 東洋製薬化成叶ン立。(現・連結子会社)
昭和9年 資本金16万円の合名会社小野市兵衞商店に改組する。
昭和22年 商店の医薬品製造部門として日本有機化工株式会社(資本金19万5千円)、注射アンプル等医薬用硝子資材部門として日本理化学工業株式会社を設立して、資材を含む医薬品の製造及び販売の一貫作業を開始。
昭和23年 日本有機化工株式会社を現在名の小野薬品工業株式会社と改称し、日本理化学工業株式会社を解散する。
昭和24年 合名会社小野市兵衞商店小野薬品工業株式会社に吸収合併し、製造販売部門の一本化を図る。
昭和36年 城東第三工場(綜合製剤工場)完成。
昭和37年 大阪証券取引所市場第二部に株式を上場。
昭和38年 東京証券取引所市場第二部に株式を上場。
城東工場第一工場(合成工場)、第二工場(製剤工場)完成。
昭和40年 城東工場第四工場(綜合製剤工場)完成。
昭和43年 中央研究所完成。
生理活性物質「プロスタグランディン」の化学合成に成功。
昭和44年 城東工場第五工場完成。
富士宮市郊外の富士山麓に新工場(フジヤマ工場)用地として約10万平方米の土地を購入。
東京・大阪各証券取引所市場第一部に指定替え。
褐サ代医療社設立。(現・連結子会社)
昭和50年 フジヤマ工場本館及び第一、第二工場完成。
昭和55年 フジヤマ工場第三工場完成。
昭和56年 鰹ャ野エンタープライズ設立。(現・連結子会社)
昭和57年 淡路工場新工場完成。フジヤマ工場第五工場完成。
潟rーブランド・メディコ・デンタル設立。(現・連結子会社)
昭和60年 福井安全性研究所、中央研究所第三別館(RI棟)完成。
昭和62年 水無瀬研究所(旧中央研究所)に新研究棟完成。
昭和63年 水無瀬研究所にNMR棟完成。
中央物流センター完成。
平成元年 水無瀬研究所に新管理棟完成。
平成3年 福井研修所完成。
フジヤマ工場第六工場完成。
平成6年 福井合成研究所完成。
平成7年 東京支店社屋購入。
平成8年 水無瀬総合研究所に新研究棟完成。
平成9年 フジヤマ工場GMP対応の治験薬製造設備完成。
平成10年 米国にオノ・ファーマ・ユーエスエー インク(現・連結子会社)、英国にオノ・ファーマ・ユーケー・リミテッド(現・連結子会社)設立。
平成12年 フジヤマ工場第七工場(注射剤製造工場)完成。
   


[トップページに戻る]